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第一話 2

 ――たとえば宮沢賢治の詩に、〈青い空〉という語句が沢山出てきます。しかし彼は空がほんとうに青色なのではなく、散乱反射による一つの現象であることに感動していたわけです。いわば、彼は青い空を見て「青い」といいながら、世界の自然科学的実相を見ているわけです。
 ここに、ナミアゲハという蝶がいます。

 藤木は、独身のままでいる自分を「あまりオモシロ味のない蝶屋」だからと見ているらしい学生たちを前に、生命の厳粛な営みを説きながら、思い返すのは一週間前に会った女子高生の、黒い髪と眉と、大きい黒目が落ち着いた調和をなす表情だった。動く細い肢体が、いろいろなものに敏感に反応する蝶の触覚のような、長い睫毛がとまった翅のように揺れる、あの横顔。

 ――ナミアゲハの後翅上面には青いスポットがいくつか見られ、この部分を拡大すると青い鱗粉が見られますが、この部分は決して青い色素を持っているわけではありません。試しにこの鱗粉を翅から取って白い紙の上にのせると、ほとんど見えなくなってしまいます。青く見える鱗粉はじつは「無色」なのです。

 黒いキャミソール姿で、細長い白い手足を放恣に投げ出して眠る彼女。ときおり夢に呼応したように動く足の指。……

 ――では無色の鱗粉がなぜ青く見えるのでしょうか? それは蝶の鱗粉のふしぎな特性によるものです。私たちが見ている蝶の鱗粉というのは、表面の上層鱗という部分だけで、じつはその下に下層鱗とよばれる部分があって、この重なり合いによって、元来無色であった上層鱗が青く見えるのです。実際、この無色の鱗粉を黒い紙の上にのせるだけで、同様の青色を呈します。これは、空が青く見えるのと同様の「光の散乱」によるものと解釈されています。蝶の鱗粉の場合、無色の鱗粉が紫や青のような光を多く散乱し、……。

 脚を伸ばし、寝返りをうつ彼女。閉じていた瞼が長い睫毛とともに開かれると、その目は昏がりに青い原色の光りを放つ、原生林の蝶の翅のような強烈な色に……。

 男鹿……、と藤木はミサキが毎朝通ってくる駅名をつぶやいてみる。なにげに研究室の机の引出しから時刻表を取り出す。男鹿線のページを開く。男鹿駅から、高校の始業時間までに秋田に着く列車は、7時22分のものがあった。次に、終業時間から男鹿まで帰る列車を調べてみる。15時45分に秋田を発車し、16時43分に男鹿に到着する列車があった。
 藤木は自分のしていることに気付いて笑いかけ、閉じた時刻表を卓上に置いた。
 壁に掛けられたポスターから、いくつもの目が藤木を見つめていた。

 翌日の15時半、藤木は秋田駅改札すぐ前、男鹿線の1番ホームに立っていた。ホームや待合室には濃紺の丈の長いコートを着た女子高生たちが、寒そうに電車の到着を待っていた。閉めきった待合室から、ぼそぼそとささやくような賛美歌が漏れてくる。
 待合室では数人の女子学生が歌の練習をしていた。だらだらと、ただなんとなく練習しているのが、かえってミサ曲のぼんやりした幽玄な曲調を増幅させていた。制服姿の女子高生たちの声で虚無的につぶやかれる詞には、現実の煩雑からの離脱を夢見る浮遊感が漂い、かえって死の国の歌だった。
 ホームの向こうには秋田駅東口の、空地や駐車場が目立つ閑散とした町並みが、寒空の下に広がっている。藤木はさりげなく視線を動かしながら、ホームを少し歩いたりして、離れた所から女子の顔を一人一人確かめていった。その中に、藤木の知っている顔は見当たらなかった。
 一〇分後、ホームにボックス席の古びた旧型列車がすべりこんできた。人々は寒さから先を急いで列車に乗り込んだ。藤木は一人電車には乗らず、そのままホームや列車の方へと視線を走らせ続けていた。
 やがて、ホームにいたほとんどの女子高生が列車に乗り込み、発車を待つばかりになった。発車を告げる警笛がホームに鳴り響き、何人かが駆け込み乗車した。
 そのとき、列車に最後に駆け寄って来て、乗り込もうとし、つかの間こちらを怪訝に振り返った皺だらけの老婆の顔を藤木が確認すると、すべてのドアが締まり、列車はゆっくりと発進していった。鋼鉄の冷たい壁が動き、ホーム向こうの駅裏の風景がふたたび現れた。高い建物のない灰色の空にいつしかまた、大きな雪片が舞っていた。

 三日後、大学の藤木のメールボックスに、白いビニールの封書が届いていた。レターセットは古生代の貝や魚の化石をマンガっぽくしたデザインで、受取人に大学の名前、宛名に「フジキ先生」とだけ記されている。巻貝の六十二円切手に、秋田中央平成5年1月14日18時~24時の消印があり、裏を返すと差出人に嶋宮ミサキという名と、住所と連絡先まで記されていた。

〒010―04 男鹿市五里合谷地五九―〇
℡ 0185―34―○○○○

 ……封を切る。折り紙のように器用にたたまれて出てきた手紙は、封書と同じデザインで、手書きの文字はやや大きめの、達筆だった。

 フジキさん

 先日キャンパスを訪れたときはたいへんお世話になりました。タクシー代を払っていただいたのに、きちんとしたお礼も言わずに帰ってきて本当にすみません。フジキさんが「いつでも研究室に遊びにおいで」と言って下さったので、夜にもう一度行こうと思っておりましたが、時間が遅くなってしまいました。フジキさんさえよろしければ、今度ゆっくりまたお話させていただきたいのですが、よろしいでしょうか。フジキさんも機会がありましたら、どうぞ男鹿においでください。2月には男鹿の伝統的な祭りで全国的にも有名な「なまはげ柴灯祭り」があります。おいでになられるときはいつでも御連絡下さい。お待ちしております。それでは……。

 PS

 漢字で名前を書きたかったのですが、どういう書き方をするかわからず片仮名で書きました。お暇がありましたらお手紙下さい。

 FROM しまみや

 ……。藤木は机の引出しから便箋を取り出した。万年筆のキャップを開け、やや時間をかけて、ミサキへの丁寧な返事を書いた。封書の表に、差出人の男鹿の住所を書き写すと、研究室で香料に使ってる青森ヒバの樹液を溶かした小さな硝子容器に切手を浸して貼り、大学構内の郵便ポストに投函した。

 一週間後。藤木がメールボックスを開くと、マンガっぽい恐竜が描かれた紙のレターセットがあった。藤木研究室と藤木の漢字名がフルネームで記されている。手紙の裏側がほとんどイラストになっていて、その余白に小さく、From Misaki Simamiyaと記されていた。平成5年の鶏の干支の六十二円切手に、秋田天王平成5年1月21日8時~12時の消印。封を切ると、また複雑な折り方の手紙があって、開くと手紙の右上に「子供っぽいレターセットでごめんなさい!」とことわり書きが添えられていた。

 藤木さん

 お手紙ありがとうございました。突然ですが多分藤木さんが驚くであろうことを書かせていただきます。
 1月12日の3時40分頃、一人の男性を秋田駅のホームで見かけました。確か1番線だったと思います。私は3時45分頃に入ってくる電車を、ホームに降りる階段近くで待っていました。あまりの寒さに、電車がホームに入ってから私はすぐに乗り込みました。しかしその男性は乗りませんでした。一目でその人は人を探しているなと思いました。だって電車にも乗らずに行ったり来たりしてたから。私はその人を私の知っている人だろうかと感じたので、わざとホームそばの、しかも外から中が見える乗り口側の席に座りました。しかしその人は気づいてくれませんでした。私がじっと見ていたのにもかかわらず……。こちらから声をかけようと思うも、人違いだったら恥ずかしいのでためらってしまいました。そして内心声をかけてはくれまいかとドキドキしていました。でも、とうとう発車時間になり、その人は見えなくなってしまいました。
 私はたぶん、藤木さんを見ていました。電車に乗ってもしばらくそのことが頭から離れませんでした。今日手紙を受け取って、藤木さんがあの時間にお仕事で秋田駅にいらしたというくだりを読んで驚き、また声をかけてたらよかったと後悔しています。やっぱりあの人は藤木さんだったのですね。でもこんなところにいるはずがないと思っていました。もしかしたら、互いに顔は見ていても人違いだと思っていたのかもしれませんね。ちなみに私は前髪をほんの少したらして残りは後ろの方に持っていってました。よく私服と制服とではギャップがあると言われますので、気づかれなかったのかな。
 いつでも電話下さい。夜8時半頃だったら一番よいのですが、それ以降でもOKです。私は学校が終わると月・木以外は3時45分の電車で入院しているおばあちゃんにごはんを食べさせに行ってます。帰宅はだいたい5~6時頃です。月・木は民謡のレッスンに通ってます。がらにも似合わずにネ。日曜日はバイトをしています。天王の○○苑というところです。私もけっこういそがしい人間なんですよ。だから寝不足なんです(平均4~5時間の睡眠時間です! 多いですか?)。今日(1月18日)は保体の授業で寝てしまったんですよ。そして先生が「気持ちよさそうに寝ている人いるけど、書かなければならないことがあるから隣の人、起こして」って言ったのも聞こえず、熟睡して友だちに起こされるという始末でした。でも音楽の時間だけは絶対寝ません。友だちに「嶋宮は音楽の時間だけは起きてるからナー」って言われたことがありました。こんなガキなんです私って。
 ちょっと今日は書きすぎてしまいましたので、ここらへんで……。

FROM しまみや

 手紙を持ったまま立ちつくしていた自分に、藤木はわれに返った。